坂の由来
えっとねぇ、紀尾井坂ってさ、名前からしてもうゴージャスなの!江戸時代に紀州徳川家・尾張徳川家・彦根藩井伊家のお屋敷がぎゅっと集まってて、それぞれの頭文字「紀・尾・井」を取って紀尾井坂……もはや高級ブランドのコラボネームじゃん?って思っちゃった。もとは「清水坂」って呼ばれてて、坂の下から湧き水が出てたから「清水谷」って地名が今も公園名に残ってるんだよ〜。
あと1878年には、明治政府のビッグネーム・大久保利通さんが暗殺されちゃう事件もあって「紀尾井坂の変」って呼ばれてるの。実は現場は坂よりちょっと下った清水谷のあたりだったらしいんだけど、インパクトのある坂の名前の方が定着しちゃったのかもね。清水谷公園には今も、大久保さんを偲ぶ碑がひっそり立ってるよ。
今の紀尾井坂
坂を上りきって西へ進むと、いきなり上智大学四谷キャンパス!さらに西には迎賓館赤坂離宮の東門もあってセレブ感すごいの。坂の下は清水谷公園で、あのホテルニューオータニ東京が面してるんだよ〜。大学・迎賓館・ホテルって、キャラ濃いめの3施設に囲まれてるのが今の紀尾井坂。江戸時代から変わらず"ハイソな坂"やってる説、あると思う。最寄り駅は四ツ谷駅(JR中央線・東京メトロ丸ノ内線・南北線)、上智大学までは徒歩3〜6分だよ。
範囲は千代田区文化財サイトの説明(清水谷→喰違見附)に基づく。sakamichi-artアプリが同じ2地点で自動生成したルートでも同区間になることを確認済み。距離・標高は同アプリの実測値を採用(distanceは経路に沿った実際の距離)/ルート図はOpenStreetMapの道路データ(紀尾井坂記念碑が実際に設置されている道路)をもとに自動生成した座標(約439m、道なり)を使用。標高distance(349.8m)は直線的な区間計算のため、道なり距離とは一致しない/地図:OpenFreeMap(OpenStreetMapデータ)/高低図と地図の連動位置は距離の割合ベースの近似です