坂の由来
夜、坂の下に立つと、ふっと肌寒さを感じる瞬間があるんだ。気のせいだって分かってるんだけどね。
ここは番町——今の千代田区の一角。旗本・青山主膳の屋敷に仕えていた女中のお菊が、家宝の皿十枚のうち一枚を割ってしまった罪で手討ちにされ、屋敷の井戸に身を投げたという話が伝わっているの。それから毎晩、井戸から「いちまーい、にまーい……」って皿を数える声が聞こえたそうだよ。日本三大怪談のひとつに数えられるくらい、有名な話なんだって。
お菊は逃げるとき、髪をふり乱して、帯を地面にひきずりながらこの坂を通ったと伝えられてる。その姿から「帯坂」って名付けられたの。想像すると、衣擦れの音とか、乱れた息づかいまで聞こえてきそうな気がしない?江戸時代、寛永年間には、外堀を掘るときに出た土や斜面を切り崩して、そのまま道にしたんだって。こういう、山や丘を切り開いて作った道のことを「切通し」って呼ぶの。市ヶ谷御門へ抜けるためのこの切通しだったから、「切通し坂」っていう、もう少し実務的な別名も残ってるよ。
