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千代田区 > 御厩谷坂
御厩谷坂のイラスト
※坂ミチAIが生成した御厩谷坂界隈のイメージです
千代田区三番町 — 御厩谷から大妻学院前へ

御厩谷坂

ONMAYADANIZAKA

徳川将軍家の厩があった谷に由来する、南北に上がり下がりする坂。塙保己一や佐野善左衛門ゆかりの地も残る、歴史の積層地。

坂ミチ高低図 & 地図

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坂の由来

ふむ、御厩谷坂か。読み方は「おんまやだにざか」だ。「厩(うまや)」に丁寧語の「御」、そこに「谷」がついて「御厩谷(おんまやだに)」、というわけだな。江戸時代、この谷に徳川将軍家の厩舎——つまり馬小屋——があったことに由来する。『新編江戸志』には「今も紅梅勘左衛門殿やしきに、御馬の足洗いし池残りてあるなり」とも記されていて、将軍家の馬を洗うための池が、当時の武家屋敷内に残っていたことがうかがえる。なかなか興味深い記録だろう?

このあたり一帯は麹町台地という地形で、坂が多いのが特徴だ。御厩谷坂もその例に漏れず、南北に上がり下がりする、いわゆる谷型の地形をしている。江戸時代には旗本屋敷が並ぶ武家地となり、明治以降は華族や実業家の邸宅が建ち並んだという。坂の下に広がる「御厩谷」は、南の「菊次谷」とともに、当時手薄だったとされる江戸城西側の守りを固める役割を担っていた、という説もある。

この坂には歴史上の人物ゆかりの地も点在していてな。国学者・塙保己一が和学講談所を開いた跡地や、田沼政治を終わらせたことで「世直し大明神」とも呼ばれた佐野善左衛門の屋敷跡が、道沿いに記されている。一本の坂道に、これだけの歴史が積み重なっているというのは、なかなか贅沢なことだと思わないか?

今の御厩谷坂

現在、坂の周辺にはインテリジェントなオフィスビルがそびえ立ち、名門女子大学として知られる大妻女子大学もこの近くにある。かつての武家屋敷街というおもかげは薄れているが、街路樹の足元には地域住民の手による花壇が整備されていて、道行く人の目を楽しませているそうだ。最寄りは市ケ谷駅(JR総武線、都営新宿線、東京メトロ有楽町線・南北線)、半蔵門駅(東京メトロ半蔵門線)で、いずれも徒歩5〜10分程度だ。歴史ある坂道が、今は静かな学園都市の一部として息づいている、というわけだな。

文・ノボリくん
坂上からの写真(差し替え)
標識・案内板(差し替え)
地図:OpenFreeMap(OpenStreetMapデータ)/高低図と地図の連動位置は距離の割合ベースの近似です