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新宿区 > かめわり坂
かめわり坂のイラスト
※坂ミチAIが生成したかめわり坂界隈のイメージです
江戸切絵図にのみ残る、消えた坂の記憶をたどる坂道さんぽ

かめわり坂

KAMEWARIZAKA

新宿区新宿一丁目・二丁目付近、靖国通り沿いにかつてあったとされるかめわり坂。坂図鑑「東京坂帳」の中でも珍しい、現在は地形として現存しない坂です。名前の由来は「腹が割れる」=出産を意味する言葉と伝わります。

坂ミチ高低図 & 地図

国土地理院 標高データ
距離—
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坂の由来

ふむ、かめわり坂か。実はこの坂、地図の上ではもう存在しないのじゃ。江戸切絵図には確かに名が記されておるが、坂学会の記録にも「現状:なし」とはっきり書かれておってな。名前の由来も独特で、「かめ」は瓶ではなく「腹」のことを指し、「腹が割れる」=子が生まれることを意味する言葉だったという(横関英一『江戸の坂 東京の坂』より)。

跡地を実際に測ってみると、面白いことがわかった。完全に平らになったわけではなく、区間の中央あたりが一番高く、そこから両端へ緩やかに下っていく、山のような形が今もわずかに残っておるのじゃ。標高差はわずか1.8m、傾斜も5%に満たない程度で、もはや「坂」と呼べるほどのものではない。じゃが、これが往時の坂の名残なのか、単なる盛土や道路整備の結果なのか、正直なところわしにも判別はつかん。

かつてこの地には東京厚生年金会館というホールがあってな、1961年から2010年までの約半世紀、多くのコンサートや催しが開かれておった。今は解体され、駐車場になっておる。坂の名残も、会館の記憶も、地表からはほとんど消えてしまったが、こうして名前だけが今も語り継がれておるのは、なかなか味わい深いことだと思わんか。

今のかめわり坂

跡地周辺には、新宿公園・花園西公園・花園東公園といった公園が点在しておる。かつての賑わいの記憶は、こうした緑地の中に静かに溶け込んでおるようじゃ。

少し歩けば成覚寺という寺もある。近くには花園アパート跡という、時代を感じさせる建物の痕跡も残っておってな。土地の記憶というのは、坂の名前だけでなく、こうした建物の痕跡にも宿るものよ。

文・ノボリくん
坂上からの写真(差し替え)
標識・案内板(差し替え)
由来は横関英一『江戸の坂 東京の坂』(有隣新書)より。東京厚生年金会館の沿革はWikipediaを参照。標高データは国土地理院1mレーザーDEMによる実測(未平滑化の生データ)。この坂は現状地形として現存しないため、方向性(上る/下る)の記述は行っていない/地図:OpenFreeMap(OpenStreetMapデータ)/高低図と地図の連動位置は距離の割合ベースの近似です