坂の由来
安保坂は靖国通り沿いを富久町交差点から西へ上る坂で、標高差は8mちょっと。この坂、実は江戸時代にはなかったの。1944年に靖国通りが道路として整備されたときにできた、坂としては新参者なんだよね。名前の由来は、この場所にかつて住んでいた安保清種っていう海軍大将の邸宅から。
面白いのが、権威ある坂道の研究本の中には「由来不明」って書かれてるものもあるんだって。でも大正5年頃の古地図を見ると、源慶寺の西側にちゃんと「安保邸」って書いてあるの。目の前に答えがあったのに、見落とされてたってこと。ちょっと不思議だよね。
坂を上ると、両側にお寺が多いことに気づくと思う。源慶寺・東長寺・長善寺……このあたり一帯、昔からお寺が並ぶ静かなエリアだったみたい。夜、街灯の灯りとお寺の甍が重なって見える景色は、この坂ならではだと思う。
今の安保坂
坂の近く、富久町7番30号には「小泉八雲旧居跡」があるの。小泉八雲——本名ラフカディオ・ハーンね——は明治29年から35年までの5年間、実際にここに住んでたんだって。隣の自証院の雰囲気をすごく気に入ってて、よく散歩してたらしいの。作品『異国情緒と回顧』にも自証院の門の写真が載ってるくらい。今の場所は成女学園の敷地内で、碑が残ってるだけなんだけどね。
坂の周りには他にも東長寺・源慶寺・長善寺・自證院とお寺が点在してて、公園も花園東公園・愛住公園・富久町遊び場と意外と多いの。オフィス街の靖国通りからちょっと入っただけなのに、急に静かな下町の空気に変わる、そのギャップが安保坂のいいところだと思う。
新宿区・都の標識の内容を紹介。小泉八雲旧居跡の由来は新宿区教育委員会の説明板・新宿区ゆかりの人物データベースを参照。座標のジオコーディング・国土地理院標高データは実測済み/地図:OpenFreeMap(OpenStreetMapデータ)/高低図と地図の連動位置は距離の割合ベースの近似です