坂の由来
ふむ、安養寺坂か。この坂の名は、かつて坂沿いにあった安養寺という寺にちなむものじゃ。標高差はおよそ10.6m、189.8mにわたって緩やかに上っておる。実はこの一帯、明治のはじめは「市ヶ谷安養寺門前」という町名を名乗っておってな。1872年、周辺の武家地と統合されて「市ヶ谷谷町」となり、寺の名は町名からは消えてしもうた。じゃが、坂の名前にだけは今もその記憶が残っておるのじゃ。
ちなみに神楽坂にも同じ「安養寺」という名の寺があるが、あちらは天台宗で通称「神楽坂聖天」。坂の由来となったこの住吉町の安養寺は浄土宗で、まったくの別の寺じゃ。同名の寺が近い距離に二つあるというのも、江戸の町の面白いところよの。
1952年、町名は「市谷谷町」から「住吉町」へと改められた。文字通り「谷」が続いて誤記されやすいという理由もあったそうじゃが、「住みよい町に」という願いが込められた、というのが定説になっておる。町名は変われど、坂の名だけは頑なに「安養寺」のままであり続けておるのが、なんとも味わい深い。

