東京坂ミチ — produce by 坂ミチ
新宿区 > 合羽坂
合羽坂のイラスト
※坂ミチAIが生成した合羽坂界隈のイメージです
河童か雨合羽か、二つの由来が伝わる新宿区片町の坂道さんぽ

合羽坂

KAPPAZAKA

新宿区片町、靖国通りの合羽坂下交差点から外苑東通りへ上る合羽坂。坂図鑑「東京坂ミチ」の坂道さんぽシリーズです。名前の由来には、蓮池のカワウソを河童と見間違えたという説と、藩邸の塀に雨合羽を干していたという説の2つが伝わります。

坂ミチ高低図 & 地図

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坂の由来

ふむ、合羽坂か。この坂の名には、面白いことに二つの説が伝わっておってな。一つは、坂の南東にあった「蓮池」という大きな池に由来する話じゃ。大雨の夜、この池からカワウソが現れることがあり、それを見た村人たちが「河童が出た」と勘違いしたことから、この名がついたという。標高差6.5m、173mほどの坂じゃが、素直に一方向へ下っておる。

もう一つの説は、もっと現実的でな。坂のそばにはかつて尾張藩の大きな藩邸があり、雨上がりにその塀沿いへ、雨具である「合羽」を干していたことに由来するという。河童か、それとも雨合羽か——新撰東京名所図会にも「かっぱと思いしより坂の呼名と…転じて合羽の文字を用い」と記されておるが、はっきりとした結論は出ておらん。じゃが、どちらの説にせよ、この一帯がかつて湿地帯であったことを物語っておるのは間違いなかろう。

坂の頂上には由来を記した大理石の碑が、坂の麓には河童を模した大理石の椅子が置かれておる。伝説の生き物が、今もこうして坂の姿として残っておるというのは、なかなか粋な話じゃとわしは思うぞ。

今の合羽坂

坂の途中には、カッパをかたどった緑色の像がちょこんと座っておってな。これが例の「合羽坂のカッパ像」じゃ。伝説の生き物が観光名所として今も愛されておるのを見ると、江戸の人々の想像力の豊かさに感心させられる。

坂の近くには防衛省の市ヶ谷記念館もある。かつてこの一帯に尾張藩の藩邸、後に陸軍士官学校が置かれておったという歴史を思えば、この土地が江戸から現代まで、ずっと「軍事・政府の要衝」であり続けておるというのも興味深い符合じゃな。

文・ノボリくん
坂上からの写真(差し替え)
標識・案内板(差し替え)
由来の詳細はてくてく牛込神楽坂「合羽坂|3か所のどれ?」、SOPHIA×YOTSUYA Heritage Walk Voices「合羽坂」を参照。座標のジオコーディング・国土地理院標高データは実測済み/地図:OpenFreeMap(OpenStreetMapデータ)/高低図と地図の連動位置は距離の割合ベースの近似です